溺れる者は藁をもつかむし、私はそこから目を逸らしたい。

「溺れる者は藁をもつかむ」という、ことわざがあるが。

 

溺れている人間に、

「ワラを掴んでも意味ないよ!浮き輪として機能しないよ!」

とスーパー正論なアドバイスを伝授したところで、助からないんだよなぁ。

溺死することには何ら変わりはない。

 

正論を振りかざすだけでは救われない者もいる。

 

川で溺れている人間に

「ワラを掴んでも意味が無い」と声をかける。

言ってること自体は間違えてない。

正しいことを言っている。

確かに、ワラを掴んでも、助からない。

 

しかし、だから何だっていう話だ。

「ワラの浮力で、お前さんの体を水面にプカプカと浮かばせることはできないよ~」

というアドバイスに、どんな効力があるっていうんだ。

 

そして、今まさに、溺死しようとしている人間が、

ワラでも何でも、とにかく必死にしがみつこうとするのも分かる。

浮力の計算なんてどうでもいい。

とにかく、手当たり次第に何かを掴む。

それがワラだろうがなんだろうが。

 

死の恐怖におびえている者は、

すでに平常心を失っているから、何を言っても無駄だ。

 

 

ホントかどうか知らないが、ライフセーバーなんかは、海で溺れている人を助けに行って、とりあえず、あえて溺れさせることがあるらしいな。

溺れている人間をまず海に沈めて意識不明にさせる。

溺れてパニックになっている人間は助けに来た人にしがみついてくるので、救助者もろとも、共倒れになってしまうことがあるとかなんとか。

ホントかどうか知らんけどね。

 

でも、実際に、日常生活でもそういうことってあるんじゃないだろうか。

 

困っている人を助けようとして共倒れ。

 

共依存」の状態にあるようなカップルが、くっついたとか別れたとか、やいのやいのやってるのを見た場合、部外者はどのようにもアドバイスできないような気がするんだけど。

 

あなたたち、お互いにどっぷりと肩まで浸かるようにして相手に依存して生きてるから、別れた方がいいんじゃないの?

などというアドバイスに、どれほどの効力があるというのか。

 

お互いの傷をなめ合うようにして、支え合いながら、傷つけあいながら、じわじわと殺し合う二人の間に、赤の他人がどうこう言う筋合いはあるのか無いのか。

 

これはもう、知らん顔するのが正解のような気がしないでもない。

他人がどうこう、口を出す話ではない。

 

溺れている者が2人、お互いを抱きしめ合いながら、沼の底に沈んでいく光景を目の当たりにした時に、人はただ、見守る事しか出来ないのではないか。

 

悪い言い方をすれば「知らんがな」である。

 

死のうとしている者を助けるのが思いやりなのか。

死のうとしている者に死なせてあげるのが思いやりなのか。