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人生をどう捉えるかは自分で決めることができる。

【言及】

いま自分が置かれている状況をどう捉えるかは、自分自身で決めることができる。

悲観することも楽観することも、自分のさじ加減一つだ。

そんなことを感じた記事をふたつ。

 

 

kame710.hatenablog.com

「運(命)が悪かった」としかいえないことは人生で避けられません。

(私は身体障害になったり胃をうしないましたが、ただ「運が悪かった」とだけ思っていいる。でも死ななかったこと、胃がなくてもおいしく食べられるのは「運が良かった」と思っています)

 

まさに、コップの水の話のよう。

半分だけコップに水が入っているのを見た時に

「もう半分しかない」

と考えるか

「まだ半分もある」

と考えるか。

 

水の量は増やせなくても、考え方、視点を変えることはできる。

そんな話をもうひとつ。

 

 

bambi-eco1020.hatenablog.com

その人は「生い立ちの話をすると、みんな大変だねって言うけど、自分ではそんなに大変と思ってないんだよね。むしろ面白いって思ってるんだ」と言っていた。

この言葉を額面通りに受け入れるのも違うと思うけれど、辛かった時に「つらい」だけで過ごしてきた人ではないということは感じ取れた。

自分では選べない境遇のなかで、少しでも楽しみを見つけることは大事なことかも知れない。

 

 

私自身、こんな経験がある。

峠を下っていて自転車で大転倒した時に、心底「ラッキー!」と思ったんだよね。

本来であれば、運が悪いから転んだのかも知れないが、本当に心の底から、自分は運が良かったと思った。

「これだけ派手に転んだのに、一カ所も骨折してないなんてミラクルだ!神さま、ありがとう!ラッキー!!」

本当にそう思った。

全身5カ所の打撲。数週間は、くしゃみをするだけでもアバラの辺りが痛かったので、実際は肋骨にヒビでも入っていたのかも知れないが、まぁ大丈夫だったと思い込むことにする。

 

とにかく、自分はツイてないとは微塵も思わなかった。

ラッキーすぎる!!心底、そう思った。

 

ようは考え方次第。

同じ現象を、どっちの角度から眺めるか?ということだ。